第3章 中国第2日目 蘇州 (12/67)

ルート開発

  2日目の朝、ホテルの窓に映ったのは当たり前ですが、中国の朝の風景でした。 その日は土曜日でしたが、母曰く「自転車でたくさんの人が通勤してるわぁ」ということでした。

 私はというと普段愛用の(?)電動ベッドでなかったので、同じ一行の人に起こしに来てもらうまでベッドで横になっていなければなりません。 あいにく母は4ヶ月前、私を介護しているさなか、転倒し、腰の骨を圧迫骨折してる関係で、体重65キロの息子の上半身を引き起こすのは無理だったのです。

 前日にお願いしていた人に介護を受けて上半身を起こし、ベッドから車イスに座らせてもらうと、後は私自身と母でかやっていけます。 その所要時間はわずか5分弱です。しかし、自分の部屋から来てもらったり、また引き返したりを考えると、約10分から15分程度の時間を見て置かねばなりません。

 その日のモーニングコールは午前7時で、集合は7時30分です。おまけに私の場合はなんといってもおつとめがあります。 朝のおつとめが大体どんなに早く済ましても15分はかかりますから、残りの15分で衣服の着脱から1階のロビーまで移動しないといけません。

 そうなるとできるだけ早く起こしに来てもらいたいのですが、やはりそこは他人に依頼する身ですので、先方がもういいかな?という程度の時間的余裕を見てお願いせねばなりませんでした。

 そんな関係で、しわ寄せが来たのが朝のおつとめです。この朝のおつとめというのはいかなる理由か、同じ経文(法華経)を5回繰り返すことになっています。(平成11年当時)

 おまけに2回目に読む部分は長行と言って、法華経26章のまるまる1章を読むということが決まりとなっていて、読み上げる総文字数は5千強になります。この膨大な漢字を音読みしなくてはいけません。 これだけの漢字(中国語)をわずか15分で読みます。

 しかもこの法華経を読み終わると、今度は南無妙法蓮華経という言葉を唱えることになっていますが、これには回数の制限がないものですから、ある人は1日10時間延々とこの言葉を唱える人もあれば、私の友人のように、御本尊の前で手を合わし「朝のおつとめ!」という一言で済ますという強者(つわもの)もいたのです。

 私の場合、それほど両極端ではありませんでしたが、何分しわよせが来ていましたから、読んでいる本人も何を言っているのか分からないような、廊下で聞く人によっては部屋の中でだれか腹痛でウンウンうなっているのではないかと思うくらいの早口のおつとめになりました。

 ちなみに創価学会員が読んでいる法華経という教典は、鳩摩羅什(くまらじゅ)という中国人が西暦406年にインドから伝承してきたインド語(梵語)の教典を中国語化したもので、 それ以降中国は発音も変わり、漢字も簡略化されたのですが、この鳩摩羅什(くまらじゅ)訳の中国語化された法華経はその後連綿と一字一句変わることなく伝わり、1600年後に日本人の車イスの私によって、朝の蘇州のホテルで唱えられるようになるとは、翻訳した鳩摩羅什(くまらじゅ)自身も想像していなかったことでしょう。

 話は少しそれましたが、おつとめを済まして、元気を一杯もらった私は、母と1階の集合場所に降りていきました。 1階には中央付近に2階に通じるエスカレーターがあるのですが、私は利用できません。 添乗員さんが斥候となり、エレベーターに乗って2階の食堂までのルートを開拓します。「大丈夫です」ということでしたので、この添乗員さんに車イスを押してもらい、エレベーターを2階で降りて食堂に向かうと、実は食堂は中2階にあり、その前に10段程度の階段があるのでした。

 「はぁ、どうしよう……」と思っていると、訪中団の皆さんが申し合わせたように、車イスをさっと御輿(みこし)の如く抱え上げてもらい、食堂に行くことができました。私はこのとき生まれて初めて車イスのまま階段を上がったのです。しかし、まだ初対面に近い男性に介助をお願いする心苦しさがあったのは事実です。

 蘇州の朝食はバイキングでした。けっして蘇州の中国人の朝がバイキングであるわけではありません。私たちが宿泊したホテルは外国人用で、その宿泊客だけがバイキング料理を食べるということなのです。

朝からバイキング!

 日本語の造語であるバイキングというのは不思議な料理です。それは人に自由というものがいかに難しいかを思い知らします。通常の料理のように初めからお皿に盛られていないからです。何をどれだけ食べたら良いのかが、本人に任せられているのです。毎月定額のお小遣いをもらっていた小学生が、いきなり好きなだけお小遣いを使って良いと親から言われたようなものです。おまけに競争原理が働きます。

早く取らないとだれかが自分の分まで取ってしまう!

 好きなだけ食べてよいということに慣れていない我が家の母親などはよくこれほどの料理が、小さな皿に乗るなぁというほどてんこ盛りで、料理を息子の元に持ってきます。

 ところがです、用意されたお箸(はし)を見てびっくり!。中国のお箸(はし)はまるで日本の料理箸(はし)のように長いのです。なぜこんな人迷惑なお箸(はし)になったかというと、中華料理は大皿で中央におかずを置くので、できるだけ遠くのも取れるようにそうなってるのだそうです。私のように右手の握力が4キロ程度の者には日本の箸(はし)でさえ使えないのに、中国式の長い箸(はし)は使えません。私はそれ以降、箸(はし)が出てくる料理すべてフォークを使うことになりました。
 

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